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NodE the 1st knot.

  • 2021年1月20日
  • 読了時間: 6分

更新日:2022年12月2日

2021/1月某日。


ぷっちょは焦っていた。

やんわりとほんのりと進行していた、当“NodE”のサイトHPをパートナーである川田が具体的な形で完成させたからだ。

それもかなりのクオリティで。※当社比


数か月前、川田から『簡単にHP作れるサイトあるから作り方覚えるついでに触っといてよ』と言われ見様見真似でぷっちょが作成した雛形のHPは、カレーに入れたりんごと蜂蜜ほどの風味を残し、本格的なものへと変貌した。


「おいおいおい、気が付いたらプロジェクトリーダーに任命されてたのはいいけど俺まだ具体的なこと何もやってねぇぞ・・・。」


これはふんわりまったり構えてる場合じゃないぞ・・・。

何か・・・何かやらないと。。。


差しあたってやるべきことは?

このプロジェクトを周知してもらう為には?

仲間を増やすためには?

資金繰りはどうする?


クラファンサイトやらメディア露出系のサイトやらを物色するぷっちょに当HPが語り掛ける。


『最初の記事を作成してみましょう。』


どうやらHPにブログを載せる機能があるらしい。




そうだ、ブログを書こう。




遠回りである。

なんなら数時間後に、大枠が出来上がったHPを見ながら今後の指標を話し合うという川田との約束があるのだ。

ぷっちょの手持ちカードはほぼゼロに等しい。

川田との話し合いになっても、進捗を報告するどころか、「このHPすごい良くできてるね!」ぐらいの話しかできない。もはや報告ではない、感想である。

ブログを書いている場合では無いのだ。

にもかかわらずここまで記事をしたためている。

盛大な遠回りである。現実逃避と言い換えてもいいかもしれない。



ただ、ぷっちょと川田の物語は、盛大な遠回りなのかもしれない。

そう思い、筆をとることにした。



改めまして初めまして。

気づいたら任命されてた系プロジェクトリーダーぷっちょです。

好きな食べ物は“からあげ”

座右の銘は“事なかれ主義”



川田との出会いはかれこれ十数年前に遡るわけだけれども。

当時のぷっちょは“教員免許を取って英語の先生になる”との野望を持って地元の福岡から宮崎の大学に進学し、気が付いたら日本文学を専攻していたモラトリアム真っ只中の大学生であった。

社会人になって思い返してみれば申し訳ないことをしてたなぁと思うのだが、夏・冬休みは地元に帰りたいからという理由で、新しいバイト先を見つけては、ようやく仕事を任せられるようになったぐらいのタイミングで辞めていくという迷惑極まりない行為を繰り返していた。

そんな訳でいくつかのバイトを転々としていたぷっちょは、今は無くなってしまったが宮崎市内の某ビアホールで働くことになった。

そこに川田がいた。

当時の川田は狂ったように揚げ物を揚げていた。

現在ではつらッとした顔でクリエイティブなんちゃらーをやってるかもしれないが、

当時の川田は日々フライヤーで揚げ物をクリエイトしていた。


あまり書くと気が付いたらプロジェクトリーダーの任を解かれているかもしれないので話を戻すことにする。


出会った頃の川田の印象は、音楽好きの無気力な青年。

敬愛するバンドの言葉を借りるのならば、

『素敵なものが欲しいけど、あんまり売ってないから好きな歌を歌う』

という感じだった。


隙が出来たので自分語りをさせて頂くと、“事なかれ主義”のぷっちょは往々にして猫を被る。人付き合いは得意な方だと自負しているが、打ち解けていない相手に対しては“私には私の、あなたにはあなたのパーソナルスペースがあるでしょう?愛想は良くしておくからこれ以上踏み込んではこないでね?”のスタンスを取りたいのだ。

そうすることで転々とするバイト先でも良好な人間関係を築けていたし、“なんやかんや憎めないやつ”のポジションを確立していた。


そんなある日、ぷっちょは若気の至りもあり少々酒を呷っていた。

そして内容は忘れたが、とてつもなく嫌な事があり、酷く不機嫌だった。

そこへ見知らぬ電話番号からの着信。

『〇〇ラーメンですか!!出前頼みたいんですけど!!!!』

・・・は?

『すいません!!大盛でお願いしたいんですけど早くしてくれますか!!!』

・・・はぁ?!

『すいまs』

ぷっちょは激怒した。

宮崎弁交じりの北九州弁で捲し立てた記憶がある。


電話の相手は川田だった。

同じ勤務先の友人から番号を聞いて食事に誘ってくれていたのである。

それはもう謝った。懇々と謝った。

被っていた猫は完全にはがれていた。



そんな所を気に入ってくれたのかは定かではないが、それから川田とは事あるたびに一緒に遊ぶようになった。

彼の愛車であったラシーンでひたすら走り回りながら語り合ったのを覚えている。

江平の交差点から始まり大淀川を越えて青島へ。サンメッセの辺りで引き返して帰ってくる。

これが定番のコースで、気が付いたらどこぞの山の中で霧に囲まれていたこともあった。


二人の共通点といえば、お互い中学生のような淡い恋が好きだったのと、何かを表現することが好きだったことだろうか。

ぷっちょは文章を、川田は音楽と映像を。



いつだったか川田が言った。

『短編映画を撮ろうよ』

ぷっちょがシナリオを、川田が撮影を。

その話は大いに盛り上がり、明け方まで続いた。

さすがに眠いから帰る、と言い出した川田は『あとはなんとか成美』という珍言を残して帰っていった。

ちなみに成美とは、同じ職場にいた“結婚したら絶対良い奥さんになりそうだよな”と噂をされていたアルバイトの女の子の事である。

結果的に散々盛り上がった短編映画はなんともならなかった。(それ以来「なんとか成美!」の後には「なんとも成らない美!」で返すのが通例である。)

ぷっちょは就職して福岡に帰るぐらいの時期で、川田は本格的に映像の勉強を始めていた。


お互い離れてからも何かと縁があり、ちょこちょこと連絡を取り合っては当時と似たような話で盛り上がった。

ぷっちょと川田は絶妙にタイミングが合わない。

片方が盛り上がっている時は、片方が忙しかったり既に他のことに興味が移ってしまっていたり。

なにかしら企画が起きてひとしきり盛り上がっては、どれも淡く消えていった。




時は現在に戻り、ぷっちょはしがないサラリーマン、やや社畜。

好きな言葉は“定時退社”

生活信条は“平穏無事”

人生数度目のモラトリアムを再発させていた。

どうにもこうにも気が滅入っていたぷっちょは川田に電話をかけることにした。


川田は言う。

『やりたい事、あるんだけど。』


川田の語る内容は夢のようで。

ともすれば淡く消えてしまいそうな話だった。

川田は今や多忙を極めるクリエイティブディレクター。

“また、繰り返すんじゃないだろうか”

そう思わずにはいられなかった。


ただ、あの頃と違うことがあるとすれば。

お互いが本気であるということだろうか。



誰もが誰かと繋がることのできる時代に、

誰にでも開かれた世界で、

私たちは夢を見る。


居場所や立ち位置にとらわれず、

もっと自由に、もっと高く、もっと誰かと。

国も地域も飛び越えて、

場所や、人と出会う。

まるで世界中に散らばるnodeのように。


大きな回り道をしていたnodeが今、一つの結び目を作ろうとしている。


NodE the 1st knot.





とかなんとかいい話風なこと書いとけば進捗ほぼ無くてもそれっぽい話し合いできるやろとか思ってたけど流石にそれだとまずそうなので、なんとか成美じゃなくてなんとかする美の方向で具体案まとめにはいろうかと思います。


では、また。


 
 
 

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